消防団は村の宝たい(平成30年7月号掲載)

 去る6月24日、心配された雨も上がり当麻消防演習が執り行われた。
 佐藤新団長を筆頭に、113人全団員参加の下、日頃の訓練の成果をいかんなく発揮されていた。
 町の数多くの年中行事の中でも、1月5日の消防出初式と6月の消防演習は、ピリッと身が引き締まる場面である。慣れない敬礼時には、指先まで力が入っていることが分かる。
 正業の傍ら、消防団活動に力を注いでくださる団員の姿に、感謝の気持ちが募る。
 出初式の1月5日は、松の内であり「おめでとうございます」のあいさつの中に、今年もわが町から火災が発生しないように、大きな災害が起きないことを願う気持ちが伝わってくる。
 一週間程の夜間訓練を経て、団員は夏の消防演習に臨まれる。
 私も団員経験者の一人であるが、昼間の仕事を終えての訓練は、疲れと空腹で相当体にこたえる。
 演習当日は、伝統的な小隊訓練・ポンプ車操法を分団単位で進め、模擬火災訓練・一斉放水・分列行進をこなし閉会式を迎える。
 明治42年、宇園別地区で8戸全焼の火災があり、有志の発起で私設消防組が組織されたのが当麻消防団の始まりである。
 その2年後、市街地においてこれも有志の発起により私設消防組が組織され、2組の私設は大正3年に公設消防組として認可されている。
 その後、伊香牛・北星・東(後に第一分団に統合)・開明・緑郷と設置され、全町を網羅する消防団として住民を守っていただいている。発足時、宇園別地区は、永山・旭川方面への扇の要として、むしろ当麻市街地より活気があったと記されている。
 そのため、いち早く宇園別地区に消防組が設置された理由も理解できる。
 近年、消防団は火災の予消防はもとより、災害時には町民が最も頼りにしている組織であることは申すまでもない。
 記憶に新しいところで、熊本大震災での消防団員の活躍が思い出される。
 「ここは山に囲まれているけ、国の支援が来るまで時間が掛かる。まず自分たちでやらんと。消防団は村の宝たい」と被災された方は語る。
 「私たちは日頃から有事に備えてきた。村民もそうです。団結できるのも、皆、村が大好きだからです」と甚大な被害を受け、5人が亡くなった西原村の消防団長さんは、悲しみの中で笑みをこぼされていた。
 今年も一年、消防団員が活躍する場面が少ないことを願って消防演習は終わりを告げた。

(平成30年7月号・広報とうま掲載コーナー・第164回随筆)