「師の言葉より」 阿部 真秀さん(5西3)
ここ数年、寺子屋さながら柔道の子ども達が合宿にやってきます。柔道一家の菅田さんからのバトンもご縁ですね。
さて私は師である眞弘寺三代目住職の父の後を継ぐべく勤めさせて頂いています。お寺が故に一日のスタートは勤行から始まって、実にこの朝こそ心の安定を保つ重要なひとときなのです。八十五年前に建立された本堂の中はほのかにお香の薫りがして、春が近づく毎に窓からの春らしい光が差してきています。環境は贅沢なほどです。お経を唱える時には、声を腹の底から出します。時には汗が背筋をつたっていく程です。そして仏さまに祈りをささげつつ、静寂の中で呼吸を調え、心を調えて座禅を行います。自然と小鳥のさえずり、境内横を雪解け水が流れる当麻川のせせらぎが響いてきて心地のよいものです。
十年も前になりますが、標高九百メートルの和歌山高野山での小僧時代、当時のお師匠さんに頂いた言葉をよく思い出します。
「これからも良い師匠に出会うことが第一ですよ。そしてあなたが仏さまの教えを求める気持ちがなければ何にもならない。そこが大切なのです」と。今、仏さまの法をいろいろな人にお伝えしたい、お役に立たせて頂きたいという心が僧侶としての動機であり、求める心であることは疑いありません。
このことはさまざまな習い事にも通じていて、良き先生に出会うことは良い結果に結びつく一因であることと通じているように思えます。強いて云えば学ぶにふさわしい気持ちであれば良き師に出会えるチャンスでもありましょう。加えて現在、信仰という後ろだてのおかげで、あらゆるものが我が師となっています。
(2011年4月号・広報とうま掲載文より・第53回エッセー)
さて私は師である眞弘寺三代目住職の父の後を継ぐべく勤めさせて頂いています。お寺が故に一日のスタートは勤行から始まって、実にこの朝こそ心の安定を保つ重要なひとときなのです。八十五年前に建立された本堂の中はほのかにお香の薫りがして、春が近づく毎に窓からの春らしい光が差してきています。環境は贅沢なほどです。お経を唱える時には、声を腹の底から出します。時には汗が背筋をつたっていく程です。そして仏さまに祈りをささげつつ、静寂の中で呼吸を調え、心を調えて座禅を行います。自然と小鳥のさえずり、境内横を雪解け水が流れる当麻川のせせらぎが響いてきて心地のよいものです。
十年も前になりますが、標高九百メートルの和歌山高野山での小僧時代、当時のお師匠さんに頂いた言葉をよく思い出します。
「これからも良い師匠に出会うことが第一ですよ。そしてあなたが仏さまの教えを求める気持ちがなければ何にもならない。そこが大切なのです」と。今、仏さまの法をいろいろな人にお伝えしたい、お役に立たせて頂きたいという心が僧侶としての動機であり、求める心であることは疑いありません。
このことはさまざまな習い事にも通じていて、良き先生に出会うことは良い結果に結びつく一因であることと通じているように思えます。強いて云えば学ぶにふさわしい気持ちであれば良き師に出会えるチャンスでもありましょう。加えて現在、信仰という後ろだてのおかげで、あらゆるものが我が師となっています。
(2011年4月号・広報とうま掲載文より・第53回エッセー)